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  時代の流れに左右されない生き方をしよう!

  ( 塾長が答えます・・ )

 

 その時代の価値観・価値基準は確かにあります。 でも、それら価値基準は時代がかわればかわってしまうもの。 今現在の価値基準(時代に即した生き方)は、老人が増えることを考えれば福祉関係の仕事が安定した職業と考えます。 ところが、介護などにロボットが代わるようにな時代になることは十分に考えられること・・・人の手はお金がかかるので、ロボットがその代役をこなすようになれば、その分野への人手は今考えられているほど必要ではなくある。 また、国家予算には限りが有り、福祉関係への予算は削減され、年金なども相応に支払われない可能性は十分にあります。 

 多分ですが、10年後には福祉関係の資格では食べられなくなる時代になりそうです。 そしたら、また違う資格を取らなければ生活の糧にならないことになり、また次の資格を取るために頑張らなければならない。 そして、その頑張りが利くのも40代までで、(頑張りが効かなくなれば)社会から(使い物にならない人として)ポイ捨てされるよなことにもなる。 3年後の予測すら難しい時代なのに、10年後の価値基準(どのような資格を持っていたり、どのような職業についていれば有利か?)なるものは想像もつきません。 

 だから、時代に合わせて生きようとか、どんな資格を持っていれば有利か、などという考え方をしないことです。 自分が何に向いているか、どんな職業であれば続けていけるか、をしっかり考えてみることです。 流行に乗せられないようにすることですね・・・時の流れに左右されない生き方をしましょう!

 「生活保護を受ける」ことについて、今と昔とどう違うか?

 現代では、良くも悪くも「生活保護を受けること」を恥ずかしいとは考えてません。 離婚をしたり、社会状況が悪かったり、不運が重なれば、生活保護に頼らざるおえないことは確かにあります。 ただまずい事は、簡単に”T(;_;)Tおてあげ”してしまえば、パートとかアルバイトなどで働くよりは収入が良いことです。 自分の状況が悪ければ、生活保護を受ける当然の権利がある!という開き直りに近いものを感じます。 以前は、生活保護を受けることに関して、ある種の偏見と差別があり、何とか保護を受けないような状況にしようとギリギリのところで頑張ってきた人が多くいました。 格差社会が広がれば、ますます簡単に”T(;_;)Tおてあげ”する人は増えてくると思われます。 職業に就くことを諦めてしまえば、技量も体力も気力もますます失せることになります。 懸命に働く人と諦めてしまう人に二分化されていく傾向は強まり、格差が広がるばかりか、社会不安がましていきます。

・・・・ 「運」 について ・・・・・・・・・

運の良し悪しは、ことが上手くいかなかったときの言い訳に使われますが、あながち、見当違いでもありません。 自分の生き方と時代背景が合致していたかどうか? チャンスに巡り合えたか? 人生を大きく上向かせることが出来るような人と巡り会えたか? また、その出会いを生かしきれたか? 

それから、心身ともの健康面です。 ある程度、健康な体で生まれてきたか? そこそこ健全な精神を持ち合わせたか? 人生を変えてしまうような大きな事故や不幸に合わなかったかどうか? 人は誰でも何らかに依存しているものであるが、ギャンブルやアルコール、薬物など、経済的な破綻を帰したり、極端に健康を害するようなことになりはしなかったか? これらは、自己責任によるところも大いにあるが、人はそれほど強いものではないことを考慮すれば、致し方なかったことと考えられることも多々ある。 ピンチな状況でサポートしてくれるような人(配偶者や友人、家族)、社会福祉の助けを持てたかどうか?なども、また、「運不運」なのかもしれません。

このように考えれば、地位やお金に恵まれても、(奢らずに)運が味方したのかもしれない・・とか、また、逆に恵まれない境遇にあっても、努力や能力が足りなかったというような、自分を追い詰めるような考え方をせずに、運がなかった・・と思える”余裕”も生まれてきそうですね。

生まれてくる国や親は選べませんし、時代の激しい変動期なども考慮すれば、現在の自分がどのような状況にあろうと、半分は「運」ですね、たぶん。